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人間と怪奇

碧き星、その裏にあたる、紅き星。

神をかたどった人類。
幼い頃から、悪い事ばかりを思う。
人間は、血肉に過ぎない。
人怪戦争よりもずっと昔、人間が怪奇と関わり始めたもっと前の時代から、「奴らは人間じゃ無いから殺しても構わない」という虚構、神話を信じた結果、本来出せないまでの力を発揮した。

人間が物質文化であるのに対し、怪奇は精神文化である。

精神文化であるから、精神科学分野の研究は何よりも盛んに行われている。

しかし、長らくの間大した理論は得られず、この世界は未だ、一人の巫女だけが聞ける蒼き星の声によって律されていた。

怪奇はこれまで、どんなに尽力しようとも、人間の研究の最前線以上の理論は何も得られなかった。
従って、本来怪奇にとっては唯物科学よりも余程重要である筈の精神科学の分野の研究成果はいささか陳腐なもので(人間は、精神科学の分野をあまりにも蔑ろにする為)、赤き星に広がるものは、宗教的、思想的、非科学的な理論のみであった。
怪奇にとって、とても十分であるとは言い難かった。

従って、大規模な犯罪といえば、人間世界によくある唯物科学応用の犯罪、人間の真似事のみであった。しかも、唯物科学に対してはいささか無関心な怪奇を心の底から震撼させるようなものでもなかった。

しかし、ある天才によって、転機が訪れた。

数多の審神者によって構成され、赤き星を律する政府には、審神者でない政府関係者達が集う、赤き星最大規模の精神科学研究が行われる施設がある。
それでもなお、その理論は人間以上のものにはならず仕舞いで、陳腐なものであった。
しかし、そこの研究者であるシンキが新たに唱えた「精神科学」の内容は、あまりにも恐怖的な原理、原則に満ち満ちていた。
例えば、その精神科学の一分野となっている「精神病理学」の中には、その暗示作用によって、怪奇の精神状態を突然、別個体になったかのように変化させる、、、
そして、その怪奇の精神生活を一瞬で打ち消して、その精神の奥底に眠る性格と入れ替える、、、
などといった、戦慄すべき理論と実例が、数限りなく含まれている。
しかもその理論は飽くまでも科学的に的確、深刻なものであるにも関わらず、その作用の説明や実験の方法は、従来の科学のような研究者のみが理解可能なものではなく、極めて平凡で、下手をすれば幼子にも理解可能な程度のものである。
つまり、考えようによっては、ここまで危険な研究、実験は無いのである。

万が一、一般にこの秘密の研究の内容が漏れれば、どのような事変が発生するのか、もはや予想できない。
その害毒は到底、人間の作り出す唯物科学的な兵器とは比べ物にならない。

であるから、この精神科学の理論が、従来の宗教的、思想的な理論と同様に一般社会の常識として普及することがあってはならない。

その時には、現在の怪奇社会で人間の真似事の唯物科学応用の犯罪が横行しているのと同じように、精神科学応用の犯罪が横行するであろうことを、当然の帰結として覚悟せねばならない。
しかし、そうなればもはや取り返しが付かないであろう。
この精神科学応用の犯罪が横行する世界が実現されれば、昨今の唯物科学応用の犯罪とはちがって、ほとんど絶対に検察、調査の不可能な犯罪が、あちらこちらで湧き出すに違いない。
従って、シンキの唱えたこれらの理論は、絶対に外部に漏らしてはならない機密情報なのである。

と同時に、万一の場合を予想して、この種の犯罪の予防対策方法と、犯罪の研究探索方法を、できる限り周到に研究しておかねばならない。

怪奇は、苦しむ。
一度でも人間を覚えた怪奇は人間を求め、人間に支配される。
人間の血肉を、求め続ける。
それを喰らい続けなければ、人間の心は失われていく。
一度でも人間を喰らった怪奇は、呪われる。
人間の心を失うのが、恐ろしくて仕方なくなる。
これは、神をかたどった人間特有の性質だ。
本来の怪奇は、他の何かを喰らっても、また直ぐに別のものを喰らうことが出来る。
つまり、自分を捨てる、言ってしまえば、自殺と等しい行為を平気で出来てしまう。
怪奇共は、人間を喰らわなくとも、生きていけると理解している。
むしろ、人間の心など持たない方が、ずっと楽で、ずっと幸せだと理解している。
それなのに、捨てられない。
自分の心を、拭い捨てられない。
この檻からは、この監獄からは、決して脱出出来ない。

当初、怪奇は目が開けなかった。
人間を喰らうことによって視野が広がり、自身が知りえもしなかったことを知った。
血肉である人間と異なり、只の塵に過ぎない怪奇は、死ぬと塵に還る。
腐りすらせずに、血しぶきも無く、音もなく、静寂の中で消えていく。
腐ることは、生の象徴だ。
それすら持たない怪奇は、生きていると胸を張って言えるのだろうか。

そのひとつの体、ひとつの顔に、飽きることはない。
怪奇の持つ永遠性は余りあった。

だから、怪奇の多くは、急ぐことを知らなかった。
何時間でも、何日でも、じっと一つを見続けた。
怪奇にとって、時間はいつまでも終わりがなく、のろのろと過ぎていくものだったからだ。

時間は、怪奇にとっては、なんの意味も持たなかった。

怪奇は、体が傷つくことは、恐れなかった。
いくら血が吹き出そうとも、後片付けの大変さを悠長に考えていられる程であった。
一方で、心が傷つくことはめっぽう恐れたのだ。

現在の赤き星では、食用に人間が飼育され、青き星から流れてくる人間は、全員が捕獲され、高級な食用品として売られることになっている。全ての怪奇には、漂着した人間を発見したときは、ただちに通報する義務がある。赤き星の存在が、青き星に漏れることを防ぐ為だ。

毒、薬物、ドラッグ、麻薬の類は一切効かない。勿論、阿片も。

かつての青き星には、人間が怪奇を神として信仰し、生贄を捧げる風習のある地域もあったそうだ。
その他、人間と怪奇が共生していた地域も、上手く住み分けしていた地域もあった。

また逆に、怪奇ら自らが、食べた人間を供養する地域もあった。

腐食は、生きていることの、生命の象徴だ。
それすら無く、塵になって消滅するのは、怪奇がつくりもので、本当に生きているわけではないメタファーなのである。

怪奇は、月の光を糧にして生きる。
従って夜行性。
夜は目が利く。
逆に、日中の光に慣れるには時間がかかる。
赤き星の夜空は、暖かく、柔らかい光に満ちている。

人間のもつ強さ、それは、追い詰められた時、社会理念から外れる決意をした時、自分を叩き潰し、殺す決意をした特、これ以上なく燃え上がり、生きる気力が湧いてくるところだ。
しかし、多くの人間達は、そのことに気づいていない。
いや、本当は気づいているが、そこから目を背け、長いものに巻かれ、安全が保証された道を流される。
それでは、純粋に生きられない。
そんなのは、自分じゃあない。
もう、死んでいるも同然じゃないか。
過去にも未来にも縛られるな。逃げるな。
今だ。
今この瞬間に、自分を潰せ。
自分と、がむしゃらに戦え。
そうすれば、生きている実感がわくものさ。

変わりゆく人間たち、そして秘匿された未来

技術や化学が大幅な変化を遂げた(それによって、それまである一部によって独占されていたものが一般に開放された)のに伴って、人々の価値観(何が良いことで、何が悪いことだと人々が感じるか)も大幅に変化している。

我々は、過去のように無条件に「美しさだけを追求すれば良い」とは考えられなくなってきた。
「外見さえ良くしておけば、他人から注目される、認められる、幸福になれる。外見至上主義はなんだって解決してくれる」だなんて思っていない。
実際に外見を極限まで高めても、特にいいことなんてないのがばれてしまった。
既に、外見至上主義に何も期待していない。そんなものは、もう楽観的に信じていない。
高まり切った「外見至上主義」と「多様性主義」の死が始まっている。
それは、既存の価値観では、幸福を追求出来ないことが明らかだからだ。
我々の価値観変化の中心には、我々を幸せに出来ない「外見」や「多様性」への信頼の喪失があることが判る。
恋から冷めてしまうように、我々の心はいつの間にか、それらから離れてしまったのだ。

この世界で、我々は「自分の身を自分で守る」ことに価値を見出すようになった。
かつてのsnsも、そのシステムは誰かに支配され、我々にはコントロール出来ない。
それに、snsが何らかの力で崩壊してしまえば、我々はみんな不幸のどん底なのである。
昔は、インフルエンサーは正に英雄だった。その投稿を通じて、全人類に貢献したと考えられていた。
それに、彼らの後ろには、いつも企業や政府の影が見える。それが仕方のないことだとわかっている。
彼らも我々と同様にやとわれの身であり、自分たちの為に発言するということも我々は知ってしまったのだ。

過去の我々
「豊かさ」が信じられない
個人主義の台頭
共生主義
外見至上主義を「馬鹿馬鹿しい、そんなことに時間と金をかけるのはもったいない」と言う年寄りを置き去りにし、合理化に躍進した。

未来が下り坂であり成長が全く見られない為、「死にたい」と考える人間が非常に多い。

いじめを使って団結する時代である。

現代の世界は、深刻な食糧不足、水不足、環境汚染に侵されている。

大半の地域が朽ちた波で汚染され、かろうじて汚染されていない唯一の地域も徐々に蝕まれており、時間の問題である。
地上の汚染から少しでも遠ざかる為、50年前に逃げ込んだ大陸の大穴には既に地下都市が形成されつつあり、人類は深く深く、奥に奥に逃げ込んでいる。
空気を流す為に巨大な空調設備があちらこちらに設置されているが、上層の古い物のいくつかは壊れたまま放置されている。
青空は、少しずつ遠くなり、少しずつ埋められている。

この汚染問題を解決しようとすると、「どの順番で何をするか」「誰が金を払うか」「どの学説、データを採用するか」「どの企業が請け負うか」「それによってみんなに負担を強いることになるけれど、どの政治家が矢面に立つか」という、誰も手を出したがらない問題のオンパレードである。
これらの問題、利権を、「人類全体の幸福」という抽象的な基準で合理的に判断して。制限するだなんてことはもはや誰にも出来ない。
だからこそ汚染解決運動は小規模な形を取らざるを得ない。
だって、それ以外に信頼できる解決法が見えないのだから。

国家にも以前のような余裕は無くなったため、社会保障の範囲が相当に狭まっている。
戸籍登録が為されている人間は生まれた瞬間から一か月に一度具体的には50歳が”定年”と呼ばれ、ここを過ぎると給付金が打ち切られる。

就労に関しても、特別な配慮が必要な人々(障害者等)は相当に厳しい状況にある。
法律で規制されている訳では無いが、余裕のないこの世界に於いて、それが本人の意志でなかったとしても周囲の負担を増やすことは相当冷たい目で見られるのだ。

また、

各層の役所に保障の一環として安楽死テラスが設置されており、50歳以下であればいつでも無償で使用することが出来る(50歳以上は高額な支払いが必要)。

余程の上流階級でない限り50歳を過ぎて全ての負担を負って生きていくことはほぼ不可能で有る為、大半の人間は定年を迎える前にテラスを利用する。
お陰で自殺件数は非常に少ない。

私有の墓を持つ人間もほぼおらず、死体は共同納体センターにて処理されるが、実際に納体するとなると継続的に支払いが生じる為、大半の死体は処理後にそのまま破棄される。

このような緊迫した状況でありながらも外見至上主義は高まったままであり、優れた外見の者は、生まれた時から上の立場に居るようなものだ。
見た目の優れない者は恋愛市場に参加できないばかりか、そもそも人間の繋がりが作れなくなっている。
恋愛感情自体は否定されないが実際の恋愛ははコスパが悪くダサい為、偶像(二次元)に逃避する人間がほぼ全てである。
この時代の人間たちにとって、現実には雑音が多すぎる。人間味など、精々嫌われる要因になるだけなのだ。
したがって、この時代では「あらゆる者の脱リアル化、洒落化」が進行している。リアルな物よりも美しく綺麗でかわいくてかっこいい物のほうが上に見られるのだ。

上級国民は都市の最下層(最も安全な場所)で生活しており、下の立場の者ほど上層で生活している。

各層に数基ずつ汚染の流れが変化したことを知らせる装置があり、それが警報を発した瞬間に手に持ったすべてを放り投げて共同のシェルターに走らなければならない。
但し、上層には共同のシェルターが存在しない為、出来る限り近くの室内に逃げ込むしか方法は無い。

ごく一部の上級国民は、国からの保障を超えた豊かさを得ることが出来る。
大多数の中級・下級国民は、国からの保障に甘んじて、その範囲で生活している。

余談だが、カイとセイガは戸籍登録がなされていない為、これら国からの保障は一切受けられない。つまり、毎月の給付金も配給も国民年金も国民保険も無い。
加えて、現代の社会において、新生児以外の新規戸籍登録は認められていない。周囲の援助があろうとも困難を極める。
つまり、(イザベラを除き)何の援助も受けていない彼らは、(イザベラの援助があったとしても)殺人のような汚れ仕事でもしない限りは生きていけないのだ。
(それに加え、殺人者としての仕事が彼の心の支えになっている部分も大きいのである)

カイが一人で生きていた時は人肉だけを食べて過ごしていたが、純粋な人間のセイガにそれは酷であるため、現在はカイが直接(あるいはバーの姉さんを通して間接的に)、裏ルートから僅かな食糧を入手している。僅かと言いつつも、姉さんは少し無理をしてでもたくさん持たせてくれるが。

この都市を支配している企業エニグマは、生み出している経済利益が莫大なのにも関わらず、雇っている人間が非常に少ない。誰一人、雇うつもりが無い。
税金も納めず、得た利益を大衆に分配しない。
中産階級が空洞化し、貧富の差は広がる一方。
失業者は、毎年物凄い勢いで増加している。
我々を快適に、便利にしてくれるのに、快楽に溺れさせてくれるのに、豊かに、幸せにしてくれない。

義務教育システムは継続しているが、裕福な親が家庭教師を雇うか、あるいは貧しい親が公立の学校に行かせるか、それともエニグマの寄宿学校に金を積んで行かせるかの三択になっている。

最下層である第十層にはエニグマの社屋が存在し、中心から塔が地上まで伸びている。
しかし、更に下に何かある、という噂が立っている。

更に、人間の暮らす世界と並行して、怪奇が暮らす世界が存在している。
かつては双方が同じ世界で生活していたものの、元々通じ合った関係では無く、各所で争いも発生していた。
やがて、怪奇達は人間に押され始め、勝ち目が無い、もうこの世界に居場所が無いと悟った彼らは、たまたま発見した並行世界に移住し、それ以降人間との接触を一切断っている。
但し、この並行世界は怪奇達が創造したものではない。既に多くの地域が開発され、インフラも整備されていたにも関わらず、人間も怪奇も一体も存在しない世界であった。誰が、何の目的でこの並行世界を創造したのかは一切不明である。
更に、怪奇の存在は人間世界の歴史上から抹消されており、記録が一切残っていない。
その為、怪奇や並行世界の存在は認知している人間は、その名前とわずかな性質だけを知っているカイと、赤き星の存在を確認した物語途中からのエニグマの上層部数人しか存在しない。